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清水(チンシュイ)駅|祭りの「合流ポイント」として、清水へやって来た
「大甲媽祖巡行」は、早い話、仏教系のパレード行事。
しかし「どこにでもあるようなパレード行事」ではない。
世界的権威のドキュメンタリ番組であるディスカバリ・チャンネル(Discovery Channel)によって「世界三大宗教イベント」に選出された、由緒ただしきイベントだ。

世界的ドキュメンタリ番組も注目
なにせ、パレードのスケールが壮大。
八泊九日かけて、三百四十キロものコースを練り歩くというもの。
地元民ならまだしも、滞在時間の限られた外国人観光客としては、「どのポイントで」パレード隊に合流するかは、悩ましいところであった。

そう思って、台北ゆきの機上で、悩みに悩んで決定した「合流ポイント」が、ここ清水であった。
「合流ポイント」をどこにするかは、ぶっちゃけ、旅人の数だけ「答え」がある。
「ここでなければダメ」という唯一解はないので、公式サイトの日程表を参考にしながら、自分の都合に合わせて参加できるのも、この祭りが持つ魅力だ。

「清水駅」で下車
ローカル感たっぷりのプラットホームへ上陸。
改札ゲートは、一見すると、日本でもおなじみ「タッチパネル」方式と思われた。
しかし、よく見ると、まるで一般民家のように「観音開き」式の門戸がついている。

改札ゲート。どうやって開けるのか考えあぐねる

どうやって改札ゲートから出たらいいか迷っていると、「救世主」登場。

駆け寄ってきて、「手動」でゲートを開けてくれた
どこからともなく、おばさん軍団がやってきたかと思うと、アジ吉から切符を受け取り、「観音開き」式の門戸を、手で開けてくれた。
「門戸の開け閉めに四名って、人大杉www」と内心思ったが、今日は「大甲媽祖巡行」、特別の日だから増員体制なのかも知れない。
かくして、ギギギギギギ……というシュールな音を立てて門戸は開き、無事、清水の街へ上陸できたのである。

ローカル感たっぷりの駅舎

「清水駅」駅舎を正面から
こじんまりとした駅舎からは、ここ清水が、徒歩でも歩き回れるコンパクトな街であることを、間接的に感じ取ることができた。
さて、これからいよいよ、「大甲媽祖巡行」のパレード隊と出会いに行く。
清水駅前ファミリーマート|神様が「たむろ」するコンビニ。祭りの情報ゲット

そんな心配も杞憂に終わった。
清水駅前のファミリーマートに、神様が「たむろ」しているのが視界に入り、その中に、パレード隊と「合流」するための情報を提供してくれた人物がいらっしゃったのである。
まさに、途方に暮れているアジ吉を、神様が導いてくれたようでもあった。

コンビニへ行くと、神様が「たむろ」していた
それにしても、台湾の神様は、まゆげが立派。
あえて個性的な神様のキャラクターにしているのは、「人々がもっと親しみやすいように……」との配慮があるのかも知れない。

スーパーまゆげ(1)

スーパーまゆげ(2)


その兄さんのアドバイスに従って、手持ちのiPhoneでApp Storeを開き、「媽祖」で検索すると、アプリ発見。
早速インストールした後、起動してみる。

アプリのトップ画面には媽祖様のアップ画像

GPS情報で、媽祖様と自分との位置関係を確認

媽祖様と自分の「現在位置」が、それぞれMap上にアイコン表示され、一目瞭然。
これによると、媽祖様が清水にやって来るまでには、まだまだ時間がかかりそう。


兄さんのアドバイスもありかと思ったが、媽祖様が来るまでの時間を有効活用して、清水の街を歩いてみようと思った。
いくら遅くとも、媽祖様、アジ吉が清水の街をぶらぶら探索し終えるまでには、清水に到着するだろうと。
この読みは、半分あたりで、半分はずれ。
後々、とんでもない事態に出くわす選択をしてしまったことを、このときのアジ吉は、知る由もなかった。
中山路|「大甲媽祖巡行」パレード隊が、やって来た!?
清水の街歩きを開始、「中山路」に沿って歩いていると、「異変」に気づく。
いまさっき、ファミリーマートでの会話で、「まだまだ来ない」と地元の兄さんに教えてもらったばかりなのに、パレード隊が、こちらに向かっているのが視野に入った。

たしかに、公式サイトで「大甲媽祖巡行」が通過予定となっていた道路を、もうパレード隊が練り歩いてきている。

ひょっとしたら「大甲媽祖巡行」のパレード隊なのだろうかと、パニックになる
次から次へと、デコレートされた車両が通過する。
台湾各地の廟が、こだわりの「マイ車」を準備し、この祭りに派遣しているのだ。
とても仏教行事とは思えぬド派手な外装を見るかぎり、どうやら、格式張った仏教儀式というよりかは、楽しさ優先のご様子。

こちらは、大甲鎮瀾宮

「トラ車」を走らせているのは、台北聖鳳宮

こちらは廟ではなく、ドリンクメーカーからの派遣。製品「王老吉(ワンラオジー)」の宣伝か
そこに、「順風耳将軍」と「千里眼将軍」の姿が。
両神は、航海・漁業の守護神、媽祖様を、とてつもなく優れた聴力、とてつもなく優れた視力でアシストするという言い伝えがある。

「地獄耳」を持つ順風耳将軍

「地獄目」を持つ千里眼将軍
ひょっとしたら、媽祖様もすぐ近くにいるのかキョロキョロ見渡してみたが、何も見えない。
このパレード隊が何者なのか、媽祖様はどこにいらっしゃるのか、ますます謎は深まってしまった。

らっぱ隊

「歌のおねーさん」も祭りを盛り上げる

一般市民風の人たちも、一緒に歩いて参加している
中山路|台湾人の「奉仕の心」をうかがい知るボランティアメンバー
ところで、この八泊九日におよぶパレードは、例年、媽祖様にお伺いを立てて日程が決まるのだが、台湾の祝日カレンダを一切配慮しない日取りとなっている。
たとえ、学校・会社がある平日であろうと、パレードを支えるボランティアがいなければ、行事は成立しない。

ところどころに出現する「回復ポイント」では、炊き出しが振る舞われる

炊き出しの様子
言い換えると、学校・会社を休んでまで「大甲媽祖巡行」に奉仕する人たちが少なからずいるということである。
中には、「有給休暇」なる制度が機能しないような職場で、欠勤(無給)になることを覚悟の上で参加している人も、いるかも知れない。
「奉仕」の方法は、人それぞれ。
沿道で楽器を演奏して、人々を楽しませるアマチュア・ミュージシャン。

祭りの盛り上げに一役買っているミュージシャン
歩き通して、腹をすかせたパレード隊や行事の参加者に、炊き出しを提供する「回復ポイント」を設営する皆さん。
笑顔が素敵である。

炊き出しスタッフの皆さん(1)

炊き出しスタッフの皆さん(2)

炊き出しスタッフの皆さん(3)
小学時代、「給食のおばさん」が使っていたような巨大鍋で、汗をかきながら、大量の食材を調理。
できあがった食べ物の配布から、皿洗い、ゴミ収集までの一切を引き受けるという、「重労働」のひと言では済まない役割だ。

炊き出しは、大変な労働
炊き出しのおかげで、みんなが喜んでいる。
奉仕とは、笑顔や元気を「おすそ分け」することなのかもと思った。

重たい装備を身にまとったパレード隊の人たちにとっても、飲料や食料は重要

炊き出しで、リフレッシュ

「大甲媽祖巡行」パレードは長期戦。腹ごしらえが重要

地元のちびっ子だって、大好きな団子が食べ放題なので、ニコニコしていた
「炊き出し」提供アイテムの一覧リスト(抜粋)
「炊き出し」は、一般家庭からのボランティアが調理しているので、台湾の「家庭の味わい」が楽しめる、絶好のチャンスでもある。
なお、炊き出しによる料理の提供は、一般家庭のボランティアにとどまらず、飲食店も含まれる。
にわかに信じがたいが、自店メニューを無料提供している飲食店も実際にある。
台湾人の心意気、利他的振る舞いに、胸が熱くなった。

炊き出し(無料)を行っていた飲食店「薑母鴨」
種類も、おどろくほど豊富。
まるで、台湾の「夜市」がまるごと一式やってきて、全部無料で食べ放題になったような気分が味わえる。

団子スープ

寒天ゼリーのようなもの

具沢山スープ

中華風クレープ

肉系のおかず盛り合わせ

中華テイストのスープ麺

野菜まん

乳酸菌ドリンク

ほんのり甘いゼリー入り飲料

「大甲媽祖」ロゴ入りの飲料水
ただし、あまり食べ過ぎ、飲み過ぎないようにしたい。
体調を崩すことになるし、第一、これらの炊き出しは、遠路はるばる歩いてやって来たパレード隊をねぎらうことを意図した、人々の善意にもとづく施しものであることを、頭の片隅に置きながら、ありがたく頂戴しよう。
待てど暮らせど姿を見せない媽祖様。台湾人に混じってビールで一息入れる
パレードをかなり満喫した上、予期せぬごちそうまで振る舞ってもらえた。
大満足したので、もうホテルに帰ってもよい気がしたが、ハッとした。

いくら、パレードと飲み食いに夢中とは言え、媽祖様が来ていないか、横目でチラチラ注意をはりめぐらせていたアジ吉。
あいにく、野良Wi-Fiが見つからず、先ほどダウンロードしたアプリは使い物にならなかったが、パレード隊の中に媽祖様がいなかったのは確かだ。
「大甲媽祖巡行」へ来た以上、媽祖様と会わずに、日本へ帰れない。

一息入れるため、コンビニへビールを調達しに行く。

「大甲媽祖巡行」特別パッケージの台湾ビールも売られる
ビール文化が浸透していない台湾では、普段、街中でビールを飲んでいる人を見かけることは少ない。
「大甲媽祖巡行」シーズンとなると話は別なのか、ビール商品棚には、特別パッケージも流通して、売り場を盛り上げている。
この日は、コンビニのイートインでビールを飲む台湾人の姿が目立ち、アジ吉は嬉々としてその中に混じり、缶ビールを開けたのであった。


やっぱり媽祖様、まだ来ていなかったのを、地元っ子との会話で確認できた。
台湾人の「施しの心」を随所で感じる
長期戦になるのを覚悟したのは、アジ吉だけではなく、地元の人々も一緒。
沿道の自動車販売店が、ショールームから自動車を追い出し、空っぽにしている。

自動車販売店がショールームを空っぽにした上で、祭りの参加者の「休憩スペース」として解放
祭りの参加者がくつろげる為の「休憩スペース」として、無償解放してくれた。
食べ物もそうだが、場所の提供というカタチでも、台湾人の施しの心が感じ取られる。
ショールームの地べたに腰掛けると、タイルが冷たくて気持ちよいので、次第に人が増えていく。

次第に人口密度が高まっていくショールーム

モバイル端末を充電する人が続出しており、「長期戦」になる覚悟がいっそう強まる
周囲を眺めると、一人ひとり、いろんな方法で、媽祖様が来るまでの「スキマ時間」を過ごしている。

無邪気に走り回る子ども

ビールを飲む台湾人の姿は珍しい。地元青年会の若者たち

媽祖様が来るまでの「スキマ時間」で、銅鑼を叩く練習をする子ども
人々の観察をしてると、あっという間に時間が過ぎ去り、気づけば日没時間。
その頃には、ショールーム内は、地面タイルが見えないほど人々が集まっており、まるで「親戚の集まり」の様相を呈していた。
日没後、到着予定時刻を五時間オーバーして、ついに媽祖様がやって来た
日が暮れると、爆竹、打ち上げ花火が、地元スタッフの慣れた手つきで次々と設置される。
台湾のお祭りでは、パレード隊がやってくる前に、大きな爆発音を立てる習慣がある。

爆竹、打ち上げ花火の設置が始まる

警察の腕章をしたスタッフも、祭りに参加している
媽祖様の「到着予定時刻(16:00)」から三時間経過し、午後七時。
爆竹や、打ち上げ花火が、次々と着火されていく。

勢い良く燃え上がる花火
花火の上げ方がすごい。
道路を通行止めにすることもなく、中央分離帯に花火を並べ、通行中の車やバイクを気にせず、次々と点火しちゃう。
そして、当たっても怪我しない大きさではあるが、打上った花火のカスが通行人の頭に、じゃんじゃんパラパラ落ちて来る。

「たまや〜!」(1)

「たまや〜!」(2)
夜空はドンパチ賑やかになる一方、待てど暮らせど、現れる気配がない媽祖様。
待ちぼうけているアジ吉に、新竹からやって来たという「陣さん」が話しかけてきた。

老人ではあるが比較的若く、日本語を流暢に話す最後の世代と思われる。
久々に日本語を話したらしく、ところどころ言葉に詰まってしまうことはあったが、それでも発音は美しく、まるで日本人と話しているような自然さがあった。

「汽車」という単語が口から出るあたり、日本統治時代の「名残り」が感じられた。
有形無形、さまざまなスタイルで「昔の日本」が、台湾文化の中に「保存」されている。

まさかの媽祖様、降臨か
そのときである。
遠方から音楽が聞こえ、目を細めると、ド派手な電飾をした車がゆっくり走行してくるのが見えた。
時刻は午後九時半、「到着予定時刻」から五時間遅れにして、まさかの媽祖様、到着か。

「大甲媽祖」のご神体が設置される廟、大甲鎮瀾宮の車

デ◎ズニーランド顔負けの、ド派手な電飾
これは、普段、媽祖様のご神体が設置されている廟、「大甲鎮瀾宮」から派遣された車。
残念なことに、この車に、媽祖様は乗っていないようであった。

そわそわし始める地元っ子たち
毎年、この行事に参加している地元っ子ならまだしも、初めてやってきた外国人観光客としては、媽祖様がいつやって来るか、全然わからない。

到着予定時刻を五時間オーバーしても、影もカタチも見えない媽祖様。
本当に、もう諦めて帰ろうかと思ったところ、地元っ子の群衆がソワソワし始めた。

祭りの運営スタッフが、手をつないで「人の鎖」を形成
祭りの運営スタッフは、手をつないで「人の鎖」を形成し始める。
これは、絶対、まちがいなく、媽祖様がすぐ近くまでやってきている証拠と見た。

「涼傘」と呼ばれる、円筒形の担ぎもの
「涼傘」と呼ばれる、円筒形の担ぎものが見えてきたら、人々の興奮は、最高潮に達する。
この「涼傘」、行列の前に立って、神様の到来を知らせ、悪霊を追い払う役割を担うものである。
つまり、「涼傘」が見えたから、媽祖様が目と鼻の先の距離にいる、ということである。

周囲三百六十度を民衆に囲まれて、一ミリも身動きできない
神輿のようなものが見え始めたころには、周囲をがっちり、群衆に取り囲まれてしまって、一ミリも身動きできない。
人に押される圧力が、これだけ強いなんて、生まれて一度も感じたことがなかった。
昔、何かのニュースで聞いた、数千人単位の死者が出た宗教行事の報道が、ふと脳裏をよぎり、「自分も死んじゃうかな」と思った。

「天上聖母」という文字が、はっきり見えた
「天上聖母」、これは媽祖様の別名だが、その字がしっかり見えた。
すぐ目の前を、媽祖様のご神体を乗せた神輿が、通り過ぎて行く。

媽祖様のご神体が乗った神輿は、すぐ目の前だが……
参加者のことを心配して、「安全……安全……」という中国語を、必死に連発する運営スタッフの叫び声が聞こえるけど、狂喜する群衆の波にのみこまれ、消えてしまった。
媽祖様が目の前を通り過ぎるのは、ほんの数分たらずの出来事。
媽祖様が見えなかったことはもちろん、神輿に触ること、そして、神輿に近づくことすらできなかった。
ある意味、予想していた結末ではあるが、不思議にも「行かなきゃよかった」という後悔はしなかった。
三百三十キロの道のりを、いろんな人のバトンタッチでリレーしてきた「波」が、いま、自分が手を伸ばせばもう少しで届きそうな至近距離を、通り過ぎていったのである。そう想像したら、ちょっと感動的な話である。
「媽祖様の旅」に、一瞬ながらご一緒できたと思うと、それはとても貴重な時間を過ごしたと感じた。
体力的にも、すこしハードな旅行になってしまうが、普通の台湾旅行では味わえない、ディープな文化体験のできるイベントへ、是非とも参加してみてはいかがだろうか。