目次
はじめに:台北下町で迎える、祭りの朝
年に一度、台北で開催される「保生文化祭」の時期がやって来た。
約二ヶ月にわたって大小様々のイベントが行われ、今日は「巡礼行列」という大規模パレードがある。

祭りの雰囲気が出ている街並み
台湾観光が一番楽しいのは、祭り当日の街歩きかも知れない。
観光客だけではなく、地元民にとっても「特別な一日」なので、街全体、どこかソワソワ高揚した雰囲気を感じ取ることもできる。
ジェット機の轟音が轟く下町
パレードの出発地点にもなっている「大龍峒保安宮」。
艋舺龍山寺、艋舺清水巌とセットで「台北の三大廟門」と呼ばれる歴史ある廟だ。

「大龍峒保安宮」
この一帯、台北下町の風情あふれるエリアなのだが、ほとんど観光地化されていない。目と鼻の先にある迪化街が、観光客ウケを狙った街並みの「手入れ」に熱心なのとは、まったく対照的である。
また、ご近所「松山空港」発着の飛行機が上空を飛び交うため、十五分おきくらいに轟音が鳴り響いている。

廟のすぐ上を飛行機が飛んでいる
小吃グルメをあつかう露天商が営業する一帯であり、ジェット機のエンジン音を気にする様子もなく、朝食を楽しむ人々の姿。
この混沌さも、地元の人々にとっては「日常生活」の一コマに過ぎず、特段珍しいものではないのだろう。

ジェット機のエンジン音が上空に轟く

ワンコもジェット機のエンジン音は聞き飽きているだろう
祭りの朝
祭りの朝になると、あちこちに、祭り用の「山車」が姿をあらわす。
人口密度が高く、窮屈な住居環境の台北の、いったいどこに保管していたのか、不思議で仕方なくなる。

祭りの朝 1

祭りの朝 2
実際には、山車を始めとする祭りの道具を格納するための「倉庫」があり、そこへ保管されている。
うっかり、祭りスケジュールを失念していた地元っ子も、倉庫から祭りの道具が取り出されるのを見れば、さぞワクワクした気持ちになることだろう。

祭りの朝 3

祭りの朝 4
祭りパレードの構成員たち
祭りの先導人は、手に「涼傘」と呼ばれる円筒形の担ぎものを持っている。
普通に持ち上げるだけでも重たそうなのに、「涼傘」の担い手は、特殊な足さばきで歩かなければならない。前進後退を交互に繰り返したり、ときには、ひざまづいたり、一つひとつのアクションが大儀だ。

「涼傘」
ほどこし隊員
日本の国技が「おもてなし」だとしたら、台湾のそれは「ほどこし」だと思う。
台湾の祭りでは、飲食物が無料で振る舞われるシーンは珍しいことではない。個人が配っているものもあれば、町内会風のグループが配っているものもある。

台湾の国技「ほどこし」
パンを配っているグループがある。
見ていて面白かったのは、この人にはパンをあげる、この人にはパンをあげないと、まるで人を見てから「判定」するかのように、配り手がふるまう点だった。
祭りの観衆が、同じタイミングで手を伸ばしても、サッと差し出すことがあれば、クビを横に振って断ることもあり、それを交互に繰り返しながら、配り歩いている。あげる、あげないの判断基準となるものが存在するのかどうかは知る由もないが、ひょっとすると、たくさん配りすぎると、パレードの途中で「在庫切れ」を起こしてしまうため、単にペース配分調整をしているのかも知れない。

「ゼロ」のカタチ
ちょっとダークな話をしようと思う。
台湾社会へ大きな影響力を持つ仏教系祭事は、政治活動や企業活動にとっても、絶好のアピールチャンスの場となる。祭りを主催する廟には、一般市民の知らぬところで、政治家や企業から多額の資金が流れ込んでいるかも知れないが、真相が明るみに出ることはないだろう。
無料で飲料水を配るグループは、政治家の旗を掲げており、かつ、飲料水のペットボトルにも、政治家の顔写真を印刷するという手の込みよう。

政治活動
もらったパンと飲料水を、いっしょにいただく。

パンと水をもらった
なお、台湾で最大の仏教祭事、「大甲媽祖」では、ビックリするくらい豪華な食べ物が無償提供される。
「大甲媽祖」に参加する機会がない方でも、台湾社会の側面へ理解を深めるという意味で、下記「大甲媽祖」のレポートを読んでいただければと思う。
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大甲媽祖遶境進香(大甲媽祖巡行)|「世界三大宗教イベント」にも認定された台湾最大の仏教イベントに参加
目次1 清水(チンシュイ)駅|祭りの「合流ポイント」として、清水へやって来た2 清水駅前ファミリーマート|神様が「たむろ」するコンビニ。祭りの情報ゲット3 中山路|「大甲媽祖巡行」パレード隊が、やって来た!?4 中山路|台湾人の「奉仕の心」 ...
本当に、台湾は「ほどこしの国」だと感じていただけると思う。
京劇メイクっ子
台湾の祭りに鮮やかな「色彩」を添えるのは、何と言っても、京劇メイクっ子たちの行列である。
炎天下でも、涼しい顔をして歩かなければならない大変さは、実際にやってみないと完全には理解できないであろう。

京劇メイクっ子 1
一人ひとり与えられた「キャラクタ」によって、顔の色が異なっている。赤は勇敢といった意味を持つ。
また、京劇がこれだけ派手な色を顔に塗る理由は、時代背景的なものが影響しているという。
京劇が始まったのは日本で江戸時代。まだ電気もない時代で、当時の劇場は昼でも暗く、観衆はキャラクターの顔を見分けることが難しかった。顔の色を派手にして、登場人物を見分けやすくするという手法は、そんな中、編み出された工夫というわけだ。

京劇メイクっ子 2
なお、台湾には京劇を鑑賞するための場所があり、観光客向けに外国語の字幕が表示されるシアターもある。
今後、記事としてまとめて、ご紹介したい。
神将:神様のボディガード
身長は優に3メートルを上回る巨大な人形が、のっそり歩いている。
「神将」と呼ばれ、自分自身も神様なのだが、他の神様を守るとされる。ボディガードのような役割を与えられているから、おそらく、神様の中における地位は、そんなに高くないのだろう。

「神将」 1

「神将」 2
3メートル超の「神将」が並ぶ中、異彩を放つ「ミニ神将」がいて、身長は2メートルにも満たない。
この人形の中に入るのは、かなり小柄な人でなければ、その役割をまっとうできないと思う。

身長の低い「神将」もいる
上の写真中には、背の低い「ミニ神将」(写真手前、黒服)と、背の高い「デカ神将」(写真中央、白服)には、興味深いストーリーがある。
二人は仲の良い友達だった。
ある日、待ち合わせをしていたが、定刻になってもやって来ない「デカ神将」を、「ミニ神将」は待ちぼうけ。雨が降り始めて、次第に水位は上がり、背の低い「ミニ神将」は溺死してしまった。遅れてやってきた「デカ神将」は、このことを知って悲しみ、首を吊って自分で命を絶ってしまった。
「ミニ神将」の顔が黒いことは溺死したこと、「デカ将軍」が下を突き出しているのは首つり自殺をしたことをそれぞれ表している。

溺死したことを表す顔の色

舌を突き出しているのは、首を吊ったことの表れ
ちなみにこの「神将」、木製でできた重量ずっしりの人形である。
個体差もあるだろうが、一体40kg前後とされる人形をまとうことは、体力に自信のある若者でも相当キツいことである。

重量40kgとも言われる木製の人形
とくにここ台湾は南国であり、熱中症にかかるリスクもある。
そのため、この重労働は複数人数体制で分担される。ずっと跡をつけて観察していると、三十分おきくらいに「シフト交代」する様子を目にすることができる。

着脱も複数人が必要

休憩なう
トラやドラゴンの顔がついた、動物版の「神将」もいた。

トラ顔

ドラゴン顔
山車
どの「一台」をとっても存在感抜群の山車コレクションも、お祭りの見物ポイントである。
各地の廟から派遣された、ご自慢の「一台」が、人の歩くスピードに合わせて徐行する。

表面が花で覆われている

ゴツゴツした四輪駆動車

「ミニ廟」つき
イタ車
「イタ車」といっても、イタリア製の高級車ではない。
はたから見ていてイタイタしいほど、空気を読まないデコレーションを施した車のことである。

「イタ車」 1
ボンネットの上には、なんと、ハローキティが「ご神体」になっている。

ハローキティの「ご神体」
「とにかくユルい」というのが、台湾仏教の特徴。
同じ仏教でも、あれもダメ、これもダメと口うるさいタイ仏教とはえらく異なっている。
なにせ、日本だと車検に合格できるか疑わしい車体が、祭りに参加して、走ることを許してしまうのだから。

「イタ車」 2

「イタ車」 3
また、祭りの「イタ車」には、できるかぎり爆音で音楽を奏でるというミッションが与えられているらしい。
積める限りのスピーカーを搭載している。
流れる音楽は、仏教祭事に似つかわしくない、ノリノリビートのクラブ系ダンス音楽という選曲センスも凄い。

爆音スピーカー搭載 1

爆音スピーカー搭載 2

爆音スピーカー搭載 3
台湾の仏教は、「行儀が悪い」という概念がないのだと思う。
皆が、楽しく過ごせることが一番大切なのだ。
ミュージシャンたち
これまでご紹介してきたパレード隊は、視覚で祭りを盛り上げるものであった。
ここでは、聴覚で祭りを盛り上げることに一躍買っている「音楽隊」のことをご紹介しよう。
太鼓
太鼓は、とりあえず叩きさえすれば音は鳴るので、ちびっ子たちの参加姿も目立つ。
祭りの担い手に高齢化が進む台湾で、これは重要なことだと思う。

人生初「ライブ」
まだ言葉も十分に発達していないくらいの幼子が、訳の分からぬうちに大人から「手ほどき」を受け、戸惑いながらも、太鼓で拍子を取る様子は微笑ましい。
たまに泣く子もいるけれど、彼ら彼女らが成長したときに、自然と祭りへ馴染んで、地元文化に「愛着」を感じるための布石になっているような気もする。
いわば、数年間を費やす長大な期間の「ヘッドハンティング」作戦とも言える。
嗩吶、いわゆるチャルメラ(オーボエ)
音楽隊は、シンバル、太鼓、オーボエの三楽器から構成されている。
その主役に当たるのが、こちら「嗩吶」と呼ばれる、いわばオーボエのような楽器。三楽器のうちで、唯一「音階」を持ち、その演奏には、プレイヤーの個性が直に反映される。

「嗩吶」プレイヤー 1
いつ呼吸するのか心配になるくらい、何十秒も続く音を奏でる。
普段から練習しておかないと、あれだけ安定して息を入れることは難しいと思う。きっと、「嗩吶」プレイヤーの彼ら彼女らは、相当な練習量を積んでいると思われる。

「嗩吶」プレイヤー 2

「嗩吶」プレイヤー 3
西洋音楽のような「拍子」の概念を持たない、まるで「アドリブ」に思えるオーボエの旋律に、シンバルと太鼓が絶妙なタイミングで合わせ、「三重奏」が街に鳴り響く。
これを聞くと、台湾へやって来たのだという気持ちになれる。
まとめ:オリジナリティ性の高い台湾旅行に、「祭り」は最適な観光オプション
以上、駆け足ではあるが、祭りの様子をご紹介した。
台湾旅行では、是非とも、祭りがある日程をねらって航空券を取ることをオススメしたい。きっと、オリジナリティにあふれる、印象深い旅となるに違いないと思う。